大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和37年(レ)30号 判決 1964年4月23日

第三〇号事件控訴人・第三四号事件被控訴人 岩瀬福三

第三〇号事件被控訴人・第三四号事件控訴人 山野操こと山野美さを 外二名

主文

一、原判決中昭和三七年(レ)第三〇号事件被控訴人ら(同第三四号事件控訴人ら、以下単に被控訴人らという。)敗訴の部分を左のとおり変更する。

別紙目録記載(一)の土地につき昭和三七年(レ)第三〇号事件控訴人(同第三四号事件被控訴人、以下単に控訴人という。)が賃料一ケ月坪当り八円期間昭和二四年八月一日から三〇年堅固に非ざる建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する。

控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

二、控訴人の控訴はこれを棄却する。

三、訴訟の総費用はこれを二分しその一を控訴人の負担としその余を被控訴人らの負担とする。

事実

一、昭和三七年(レ)第三〇号事件控訴人(同第三四号事件被控訴人以下単に控訴人という。)は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。別紙物件目録記載(二)の土地につき、控訴人が昭和三七年(レ)第三〇号事件被控訴人ら(同年(レ)第三四号事件控訴人ら、以下単に被控訴人らという。)に対し賃料一ケ月坪当り金九円、期間昭和三三年一〇月一〇日から三〇年間、堅固に非ざる建物の所有を目的とする賃借権を有することを確認する。被控訴人らの控訴はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取消す。控訴人は被控訴人らに対し別紙物件目録記載(三)の建物を収去して、同目録記載(一)の土地を明渡し、かつ昭和三三年一〇月一〇日より右明渡しずみに至るまで一ケ月金一二三円の割合による金員を支払え。控訴人の(一)の土地についての賃借権確認請求および控訴人の控訴はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、控訴人は本訴請求の原因並びに反訴請求の原因に対する答弁として次のとおり陳述した。

(一)  別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という。)および同目録記載(二)の土地(以下本件空地という。)は被控訴人らの所有であり、控訴人は右各土地につき昭和三三年一〇月一〇日次に述べる事由により賃料は本件土地につき坪当り一ケ月金八円本件空地につき同金九円、期間を三〇年とし、堅固に非ざる建物の所有を目的とする賃借権を取得し、現に右賃借権を有するに拘らず被控訴人らはこれを争うのでこれが確認を求める。

(二)  右賃借権取得の原因は次のとおりである。即ち

(1)  本件土地を含む川口市飯塚町一丁目二二番の一宅地三〇坪八合と本件空地及び同地上に存する木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟建坪一八坪五合はもと訴外亡山野定次郎の所有であつたが、控訴人は昭和二〇年八月二〇日右建物のうち別紙物件目録記載(三)の建物(以下本件建物という。)を右訴外人より借り受け、その敷地として本件土地を使用して来たほか、同訴外人の承諾を得て本件建物の西側に接する本件空地に物置を建築し本件空地をも本件建物の敷地として使用して来た。

(2)  ところが、右訴外人は昭和二三年一一月二四日死亡し、被控訴人らが相続により本件土地及び本件空地並びに本件建物の所有権を取得するとともに、本件建物についての賃貸人の地位を承継したが、被控訴人らは昭和二四年八月一日国税納付のため本件建物を国に物納し、本件建物は国の所有するところになつた。

(3)  しかして、控訴人は本件建物を昭和三三年一〇月一〇日国より払下げを受け、これが所有権を取得し被控訴人らに対し本件土地及び本件空地につき賃借を申入れた。

(4)  以上の事実は次のように解すべきものである。

被控訴人らが上記のように本件建物を国に物納した趣旨は、物納後もこれが依然住宅として使用され且つ将来国から第三者に払下げられることを予想し、国に対し、将来国からその建物の払下げを受ける者に対し、本件建物の敷地を賃貸する旨を約したもので、換言すれば将来本件建物の払下げを受ける第三者のためにその敷地に賃借権を設定するいわゆる第三者のためにする契約が国との間に締結せられたものとみるべきものである。しかして控訴人が本件建物を昭和三三年一〇月一〇日国から払下げを受け、被控訴人らに対して本件建物の敷地の賃借の申し入れをなしたことは右賃借権設定契約につき受益の意思表示をなしたものというべきであるから、右受益の意思表示をなした昭和三三年一〇月一〇日控訴人は本件建物の敷地について賃借権を取得したものである。

(5)  ところで、被控訴人らは前記物納の際何らの条件も附さなかつたのであるから本件建物の存在していた本件土地および控訴人が訴外定次郎より本件建物を借り受け本件建物の西側に附着させて物置を建設して使用していた本件空地は、賃借権を設定すべき本件建物の敷地であり外観上も本件建物の敷地と認められるものであつた。

仮りにいわゆる敷地とは、建物の直下の範囲内に限られるものと解せられるとするも、控訴人は訴外定次郎より本件建物を借り受けた際本件空地を本件建物の敷地として使用することにつき承諾を得ていたものであり、かつ被控訴人らは本件建物を物納した際、本件建物の敷地につき何らの制限を設けなかつたのであるから、本件土地のほか本件空地をも本件建物の使用のために特に賃貸する趣旨であつたもので国が払下をするに当つても本件土地および本件空地をもつて敷地としていたのである。

したがつて、控訴人は本件土地及び本件空地につき賃借権を取得したものである。

(6)  さらに、右のように控訴人の取得した賃借権の存続期間は、本件土地及び空地上に存する本件建物が木造建物であるので借地法第二条により控訴人が右賃借権を取得した昭和三三年一〇月一〇日より三〇年となり、賃料は当事者間において特段の定めがないので適正な賃料による趣旨と解すべく公定賃料をもつて賃料額とみるべきであるから、それぞれ公定賃料額である本件土地については一ケ月坪当り金八円で全体では一二三円本件空地については一ケ月坪当り金九円で全体では一三九円五〇銭を賃料の額とみなければならない。

(三)  したがつて、控訴人は本件土地を賃借権に基いて占有しているのであるから不法占拠を理由とする被控訴人らの反訴請求には応じられない。

三、被控訴人らは本訴請求の原因に対する答弁竝びに反訴請求の原因として次のようにのべた。

(一)  請求の原因(二)記載(1) (2) の事実のうち控訴人が本件空地を本件建物の敷地として使用してきた点は否認し、その余の事実はすべて認める。

(二)  同(二)記載(3) の事実中控訴人がその主張の日に本件建物を国から払下げをうけその所有権を取得したことは認めるがその余の事実は否認する。

(三)  同(二)記載(4) ないし(6) の事実のうち、本件土地及び空地の公定賃料が控訴人主張のとおりであることは認めるがその余の事実は争う。

(四)  本件土地は控訴人主張のとおり被控訴人らの所有するものであるところ控訴人は右土地上に本件建物を所有して右土地を占有している。しかるに被控訴人らの右土地占有は権原に基かないものであるから、被控訴人らは、控訴人に対し所有権に基き、本件建物を収去して本件土地の明渡しと控訴人が右建物の所有権を取得した昭和三三年一〇月一〇日より右明渡済に至るまで公定賃料相当額である一ケ月金一二三円の割合による本件土地の不法占有に基く損害の賠償を求める。

証拠<省略>

理由

第一、本訴に対する判断

一、川口市飯塚町一丁目二二番地の一宅地三〇坪八合及び同地上に存する同市同町一丁目九八五番地所在木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟建坪一八坪五合がもと訴外山野定次郎の所有であつたこと、控訴人は右建物のうち本件土地上に存する本件建物を同訴外人より借り受けたこと、同訴外人は昭和二三年一一月二四日死亡し、被控訴人らが相続により本件土地及び空地並びに本件建物の所有権を取得するとともに、本件建物についての賃貸人地位を承継したこと及び被控訴人らは昭和二四年八月一日国税納付のため本件建物を国に物納し、本件建物は国の所有するところとなつたこと、控訴人が昭和三三年一〇月一〇日国より本件建物の払下げを受けその所有権を取得したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、ところで控訴人は右物納にかかる本件建物の敷地として本件土地および本件空地についての賃借権を取得したと主張するのでこの点につき判断する。

国が納税者より物納として建物を取得する場合、特段の事情なき限り、明示の合意はなくとも納税者は将来にわたり建物敷地の利用権をも国に取得せしめる意思をもつて納入し、国もその趣旨において建物を評価し収納するものと解するのが相当であり(原審および当審における証人渋沢昭治の証言によれば税務官庁の実際の取扱も右のように行われていることが認められる。)、また、物納の目的とされた建物の敷地利用につき国と雖も当然に対価なくして使用できるものとするいわれはないから収納時における相当の賃料の支払義務を負担する趣旨において物納を許可するものと解するのが相当である。したがつて、納税者が敷地の所有者でもある場合は敷地の利用権は賃借権と認むべきものである。さらに、特殊の建物でない限り国は右建物を第三者に払下げる目的をもつて収納し、納税者も第三者に払下げられることあるを予想して納入するものと解するのが相当であるから、納税者は国が第三者に対し払下げ、敷地の利用権をも譲渡するにつき予め同意を与えているものというべきである。

以上の見地に基いて本件をみるに前記物納時において特別の事情を認むべき資料はなく本件建物も普通の居住用建物であること弁論の全趣旨に徴し明らかであり、被控訴人山野美さをの原審における本人尋問の結果によれば、被控訴人らも控訴人の払下頭初控訴人に本件建物の敷地を賃貸する気持であつたことが認められるので、国は前記物納により明示の合意はないが本件建物敷地の賃借権を默示の合意をもつて取得し、これを建物払下時において控訴人に譲渡し、右譲渡については被控訴人らは予めその承諾をしていたものと認むべきである。

右の認定に反し控訴人は被控訴人らと国との間において将来払下げを受くべき第三者に対して本件建物の敷地を賃貸する旨のいわゆる第三者のためにする賃借権設定契約を默示的に締結されたものと主張するが、そのように解すると払下をなすまでの間、国が建物の敷地を利用する権限が曖昧であり、使用貸借の権利を取得すると解することは本件のように物納後十年近く払下がなされないでいても、敷地所有者は何らの収益権もないこととなり不当である。

したがつて、控訴人の右主張は採用し得ないのであるが控訴人が賃借権取得の理由として主張する事実の同一性に欠けるところはないから当裁判所が控訴人主張の事実を上記のように判断することは法律上の見解を異にするにとどまり何ら妨げはないと考える。

三、そこで右のように国において取得し、控訴人においてこれを譲受けた賃借権の目的たるべき建物の敷地の範囲について判断すると、

右敷地賃貸借契約は前述のとおり默示的になされたものであり、その目的物である敷地の範囲については明示的なとりきめはなされていないのであるから、結局賃貸借契約がなされた当時の諸般の事情から合理的に当事者の意思を推察してその範囲を定めるほかはない。しかして、一般に居住用の特定の建物の所有のためにその敷地とする目的で、土地をその範囲についての明示のとりきめがなく賃貸借する場合においては、特段の事情がない限り、その敷地の範囲はその建物に居住し生活するに通常必要とされる範囲に限られるものと解するのが相当であるところ、成立に争いのない甲第三号証、原審検証の結果および弁論の全趣旨によれば、本件建物は建坪九坪二合五勺で、面積一五坪四合の本件土地上に略いつぱいに建てられているが、本件土地には右建物の北側および西側に幾分の余裕を残しており、また本件土地周辺の土地はいわゆる住宅地で、いずれも隣地の境界いつぱいまで建物を建築して居住用に供している実情にあり、本件土地のみでも本件建物に居住し生活するには多少の不便はともかくとして、こと足りる情況にあることが認められる。他方、成立に争いのない乙第四号証の一乃至三原審証人岩瀬はる、当審証人奥ノ木マサ、同増田勇の各証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果と前記検証の結果とを綜合すれば、控訴人は訴外定次郎から、本件建物を賃借して間もなく同人の承諾のもとに本件土地に隣接する本件空地の一部に、本件建物に密接して間口九尺奥行九尺の物置を建て昭和三五年三月一八日まで使用し、本件建物が物納された当時本件空地の一部は控訴人がこれを使用していたが、本件土地と本件空地とは別筆の土地であり、また控訴人が物置を建てて使用していた部分は本件空地のごく一部に過ぎず、物置といつても簡単な構造のもので、自転車、漬物桶などを入れておいたに過ぎないことが認められ、以上の各認定に反する証拠はない。

しかしながら、本件建物が物納された当時、控訴人において右建物に賃借居住するために本件空地の一部をも使用していたとしても、このことから直ちに本件空地も本件建物の使用のために通常必要とされる土地として右敷地の範囲に含まれるものと解することはできない。

むしろ、前記認定の事実からすれば、本件建物に居住し生活するには本件土地のみでも一応はこと足りるのであり、唯本件空地の一部はこれをも併せて使用すれば一層利便を増すところから、恩恵的にこれが使用を許されて来たものであることが窺えるし、他に本件空地もまた右建物の使用のために通常必要とされるものと解すべき資料はないから、本件建物の使用のために通常必要とされる敷地の範囲は本件土地のみであり、本件空地は右敷地の範囲に含まれないものというべきである。

そうだとすると前記賃貸借契約における目的土地の範囲は本件土地のみであり、本件空地はこれに含まれないものと解するほかはない。

控訴人は本件建物を訴外定次郎から賃借した際、本件空地をも同人の承諾のもとに本件建物の利用のために使用して来たのであり、被控訴人らが本件建物を物納するに当り、特に本件空地をも右賃貸借契約の目的土地としたものである旨主張するけれども、本件空地をも特に賃貸借契約の目的土地に含ませたものと認めるに足りる証拠はない。また国が控訴人に対し本件空地をも敷地として払下げをしたからといつて国が賃借権を有しない以上控訴人が賃借権を取得するいわれはない。

四、したがつて、控訴人は本件土地について賃借権を有し、本件空地については賃借権を有しないものと認めるほかはないところ、本件土地についての右賃借権の内容は、期間は本件建物が木造家屋であることが当事者間に争いがないので、非堅固の建物の所有を目的とする土地賃貸借と解すべく、借地法第二条により国が収納により賃借権を取得した昭和二四年八月一日から三〇年、賃料は弁論の全趣旨に照らし明示の定めがないから適正賃料たる公定賃料によるべく、当事者間に争いのない一ケ月坪当り八円本件土地全体では一二三円となる。

よつて、控訴人の本訴請求は、本件土地につき以上認定の内容の賃借権の存在確認を求める限度において理由があるのでこれを認容すべく、その他の部分は失当として棄却すべきである。

第二、反訴についての判断

被控訴人らが本件土地を所有し、控訴人が右地上に本件建物を所有して右土地を占有していることはすべて当事者間に争いがないが前記本訴についての判断においてのべた如く控訴人が本件土地につき前示認定のごとき内容の賃借権を有することが明らかであるので控訴人の抗弁は理由がある。

よつて被控訴人らの反訴請求は失当として棄却すべきものである。

第三、結論

以上のべたところにより明らかな如く、控訴人の本訴請求は本件土地について前記内容の賃借権の存在確認を求める限度において理由があり、その余の部分及び被控訴人らの反訴請求は失当である。したがつて右と趣旨を異にし控訴人の本訴請求のうち本件土地の賃借権の存続期間につき前認定の限度を超えて理由あるものとした原判決は一部失当でありその限度において被控訴人らの控訴は理由があるので原判決中被控訴人ら敗訴の部分を変更し、控訴人の本件控訴は理由がないので棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第三八五条第九六条第八九条第九二条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 伊藤豊治 鵜沢秀行)

別紙

目録

(一) 埼玉県川口市飯塚町一丁目二二番の一

一、宅地 三〇坪八合のうち西側一五坪四合(本件土地)

(二) 同所 一丁目二三番の四

一、宅地 一五坪五合(本件空地)

(三) 埼玉県川口市飯塚町一丁目九八五番地所在

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟

建物 一八坪五合の内

家屋番号 同所二五番の二

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建西側建坪九坪二合五勺(本件建物)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例